服部石仙/花鳥小品展
花、一
二、鳥
三、魚
四、人
五、動物
六、風景














名古屋四条派の日本画家・服部石仙は、服部雲仙の長男として江戸時代末期の元治元年(1864)12月、愛知県西春日井郡杉村に生まれた。名は貞博、通称は熊次。石仙の他、石僊・杉村・松柏庵などとも号す。
父・雲仙も鷲見春岳、野村玉渓、森義章に学んだ四条派の画家。
初め父の教えを受けた石仙だが、のち奥村石蘭から人物山水を学び、さらに京に出て岸竹堂に師事し花鳥を究めた。大正8年の「愛知雅人銘鑑」に“西区桶屋町五丁目に住む”とあり、晩年は名古屋市内に居を構えて活躍したようだ。
奈良博覧会をはじめ、多くの展覧会に作品を出品して受賞。「(明治)二十二年仏国巴里博覧会に於て褒状を、三十一年日本画に於て百蘭に当選す、三十二年日本美術院及び大阪絵画共進会に於て賞状を、四十三年三月名古屋新古美術展覧会に於て東宮殿下御用品の光栄を得たり」という実績を残した。
また、小田切春江と尾張・三河の各地をまわって古社寺を写生したほか、図案所で小田切春陵・鬼頭道周とともに、補佐として花鳥を写すなどの業績がある。
没年は大正9年(1920)7月。享年55歳。
[参考資料:服部徳次郎(中京大名誉教授)編集『愛知画家名鑑』、『古今 日本書画名家辞典』(松雲堂編輯所)


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〈このコレクションと私の祖父/小林直樹〉
わが祖父・小林松僊は、日本画家の道をめざし服部石仙に学びました。今回ここに公開するのは、石仙が描いた当時の手本絵240枚のうち50点余り。大変めずらしく貴重な作品群です。
石仙は父・雲仙から教えを受け花鳥を究めたわけですが、特に鳥の絵は大胆かつ繊細な筆さばきで、数も最も多く残されています。日本画の原点は自然を写し取ることであり、
人物山水に花鳥をテーマとした絵を即興で描いてみせることにより、ファン層を獲得して地位を築く、そんな当時の日本画家の生活が想像されます。
祖父・松僊も近所の人と絵を通して交流が深く、庶民的な画家として尊敬されていたようです。当時の絵は、テレビや写真の代わりを果たす娯楽だった、といえるかも知れません。
父から聞いた話では、相撲や演劇の興行のおり休憩所のような場所を借りて、貯えた技を試すこともあったとか。バリエーションの豊富さと技術次第で、あちこちから声がかかるわけです。客の希望に応えて筆で表現する…、今の私の仕事と共通するところもある様です。
週ごとに模写をして師匠の指導を受け
次の題材を与えられる、そんな手本絵は画家を志す若き日の松僊にとっては、宝であり目標だったのでしょう。ここに公開した石仙の作品はどれも、水墨画に関心のある人には良き手本になること間違いなしです。

※服部石仙について何かご存知の方は、メールでこちらまでご連絡いただければ幸いです。