No.47/2008年7月16日
 (最終回)
絵と文:香泉

小さな窓の向こうには何も無い空だけが続き
神々の世界を思わせる眩しさでした
銀色の機体は私が南下してきた大陸の上空を
北へ北へと突き進んでいるのです
遥か下方に流れてゆく長大な山脈は
鉱物質の色彩だけを映したまま皺を寄せ
大地の生々しさを奇麗に消し去っています
けれどあの静かな地上にも様々な足跡が止まり
今もその表情は移ろっているはずでした

「お国に帰られるですかぁ」
航空券の予約をする為に訪ねたビルの一室で
旅行社の青年が使ってくれた私の母国語は
ときに古めかしい言葉が混じっていました
彼のお祖父さんか會お祖父さんの代からなのか
移民当時のまま受け継がれてきたのでしょう
青年が私の希望をひとつひとつ確認しながら
キーボードに数字を打ち込んでいた束の間
私は、「お国」という言葉が明るく揺らした
柔らかなオフィスの空気を楽しんでいました

さて、機体は下界の出来事など意にも介さず
澄みきった高みを楽しんでいるようです
窓に張り付き下方を覗き込んでみれば
地上は水面下を透かし見ているほどに遠く
様々な色に輝いていた美しい湖でさえ
ちらりと黒光りする小さな穴ぼこでした
空を見つめている無数の眼にも似た穴ぼこが
ぎこちなく揺れる翼に次々と消されてゆきます
果たして、これから帰ろうとしている土地が
美しく響くだけの「お国」だったのかどうか−

あの日、青年からチケットを手渡され
私はその細長い束を手のひらに乗せたまま
重さでも推し量るように首を傾げていました
「きっといい旅になりますよ
 案ずるより産むが易しですから」
青年は少し赤らんだ笑みを頷いてみせてくれ
オフィスの空気はまたしても揺れていました
それは明るく響く出立のチャイムでした(終わり)

香泉
kosen@helen.ocn.ne.jp
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