No.44/2008年3月21日
絵と文:香泉

五日振りの陸地はゆらゆらとして
水に浮かんだ絨毯の上を歩いているようでした
波間の感覚が残っているのでしょうか
昨夜の荒波で引っ繰り返った哀れな胃腸は
今も私の体内にぶら下がったままですが
風の唸り声はもうどこからも聞こえません
切り通しの崖は柔らかな草で覆われ
青信号を待っている男の前を
乗用車が一台通り過ぎてゆくだけでした

数日が経ち、波間は遠くなってしまったのに
私は相変わらず惚けていました
実際、甘い潮風の吹く町では大通りでさえ
人や車の移ろいは緩慢でした
わさわさ歩き回るジプシーの女達にしても
風を巻き起こす程ではありません
それでも、豊かな黒髪を背中で束ね
刺激的な色のドレスを重ね着した彼女達の姿は
惚けた頭には強い輪郭を残していくようでした
今日も海岸沿いの広場ではジプシーが集まり
険のある顔を突き合わせています
カモの目星でも付けているのかもしれません
でも、「電話をかけたいから小銭を頂戴」という
彼女達のやり口はなかなか地道でした
沢山の人から少しづつ集めるのでしょうか−

こうして今ジプシーに声を掛けられているのは
護岸に座ろうとしていた赤毛の女性でした
三つ編みにした髪が潮風になびいています
色白の顔に戸惑いが一瞬あらわれましたが
すぐに上着のポケットを探り始め
「これ、少し」と片言で話しています
彼女もまた旅行者なのでしょう
ジプシーを見送りようやく護岸に座れた彼女は
誰と話すでもなくただただ海を眺めています
それはどこか岸に繋がれた風船のように
ふわふわした後ろ姿でした
一方、ジプシー達は無心の算段に夢中らしく
広場の隅で何やら顔を寄せ合っています…さて
日銭予算はまだまだ遠いのかもしれません(続く)

香泉
kosen.z.hitomi@gmail.com
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