No.42/2008年1月17日
絵と文:香泉

口の中から溢れた生唾で溺れる夢を見た朝
私は窮屈な3段ベッドの上段で
間近過ぎる天井を眺めていました
昨夜から乗船しているフェリーのこの振動と
あと4日間付き合わなくてはなりません
油臭い3等船室から這い出し甲板に出てみると
フィヨルドの風はどうしようもなく冷たく
風音は上空に穴を空けてしまいそうでした
入り組んだ地形の為か波は案外静かでしたが
岩の上に佇むペンギンはやはり冷たそうです
海上に白い船体を浮かべ私を乗せたフェリーは
風に動じることなく北上を続けています
南へ向かう旅はもうお仕舞いなのです
極地へのツアーに参加するには
私の服装も財布の中身も身軽過ぎていました
船に乗る前に買った真っ青な氷の絵葉書が
私の極地の思い出です

「2〜30年前、この辺りはまだ真っ白だったよ」
突然話しかけられ、見れば初老の船員でした
白髪混じりの口髭を動かし大きな手を伸ばすと
露出した岩肌を指し示してくれます
切り立った岩壁を落下する幾筋もの滝が
たぶん氷河の名残なのでしょう
海が今よりももっと冷たかった頃
この辺りまで移動し続けて来た人間達は
一体どんな希望を見いだしていたのでしょうか
どこか小さな入江の岩陰にカヌーを寄せ
嵐が去るのをじっと待つ日もあったはずです
波間に頭を出したアザラシが真ん丸い目をして
面白そうにこちらを見ています
でも、甲板の上にいるのはそろそろ限界でした

「私の故郷は冷た過ぎるかな」…と先の船員は
震えている私を船内へと促し、意外なことに
計器の並ぶ操縦室へと案内してくれたのでした
若い船員達の間に立つ口髭の男の向こうには
ガラス越しのフィヨルドが広がっています
そして北に向かう船首の先には波飛沫が上がり
海が生き生きと揺れていました (続く)

香泉
kosen.z.hitomi@gmail.com
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