No.36/2007年5月28日
絵と文:香泉

トレッキングの基地となる町でのことでした
笑顔一杯の宿の女主人に朝の挨拶をした私は
テンションの高い彼女との会話を適当に済ませ
古びたストーブの前で朝食をとっていました
空き部屋を利用し民宿を営む女達は珍しくなく
大抵は子供や年老いた親を養っています
ただ、彼女の子供というのはいい年をした男で
時にヒステリックな応酬を起こすのでした
こんな居心地が良いとは言えない宿で
トレッキングの出発を伸び伸びにしていたのは
この地域の不安定な天候に影響されていたのか
それとも一人で歩く不安からだったのか
とにかく私はうだうだするばかりでした
外に出てみれば今は風も止み穏やかな陽気です
空から拭き取られたように飛んでいる白い雲は
巻き貝そっくりの形になっています
きっと上空には風が逆巻いているのでしょう
宿の女主人のテンションも息子のヒステリーも
風が無ければ静かになるものかしら…と
そんな事を考えているうちに草地が広がり始め
この町には奥行きがないことに気づくのでした
さあ、風が出る前に帰ろうと道に戻りかけた時
足元では既にざわざわと草が揺れ
そして思いもかけず遭遇した仰向けの男…
まさか死んでるなんてことがあるでしょうか?
きっと酔っ払いだと思い直した私は草地を抜け
それでも心のうちでは動悸が止むことは無く
あの男はただ寝ていただけなのだから…と
草の中に転がった男の姿を打ち消していました
部屋に戻ると階下でヒステリックな声が起こり
いつの間に天気が荒れてしまったのか
表では風がゴーゴー鳴っています
私は落ち着かない心持ちで荷物をまとめ
明日はトレッキングに出ようと決めたのでした

明くる朝、昨日の草地に立ち寄ってみましたが
仰向けに転がった男は消えていました
やはりあれは酔っ払いだったのかもしれません
時折、風に押されてザザーッと鳴り渡る草音が
私の出発を促しているようでした (続く)

香泉
kosen.z.hitomi@gmail.com
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