No.26/2006年6月29日
絵と文:香泉

舟を漕いでいる先住民の青年の後ろで
私はあまりの空気の濃さに息を飲んでいました
水筒の水はとうに湯になっています
冷涼な高山帯から大きな葉の茂る町までの一晩
急カーブの山道を降り続けるバスの中では
酸素に浸される心地良さを覚えたものでしたが
しかし今…
泥臭い川面に風は無く、この静か過ぎる川には
底知れない気配が潜んでいるようでした
舟と共に泳いでいた川イルカの親子が
突如、弧を描いて水上に姿を現したかと思えば
グレー混じりの桃色の体はぬめぬめと光り
退化した目元は圧し潰したように窪んでいます
川べりで折り重なっている小さなワニを見つけ
安易に手に取ってみると思いのほか力が強く
ひんやりと重たい白い腹を撫でてみれば
なぜか薄ら寒さが背筋に残るのでした
ピチャピチャと響く水の音に振り返れば
暗い水を割っては撥ねるピラニアが
ぎらつくオレンジ色の腹を見せたその瞬間に
泥色の川面は素知らぬふりで閉じています
水面下の暗い世界で一体何が起きているのか
舟の上にいる私には不気味で悩ましい闇でした
ところが…
夜営地で横になりカヤ越しに見るジャングルは
異様な物音が溢れている闇にもかかわらず
薄気味悪さを忘れさせてしまう力があるようで
それは子供の頃の、人の腹に耳を当てて聴いた
あの楽しい遊びに似てなくもありませんが
なぜかその夜、奇妙な夢を見ていた私は
混濁した血を運ぶ暗い静脈の中で
塵のようにごぼごぼと流れていたのです
さて…
先住民の青年の声で目を覚ますと辺りは明るく
彼は何かを首に巻き付けたまま仁王立ちになり
険しさをとどめた笑顔をこちらに向けています
大きな蛇を捕まえたのです
けれど私はごぼごぼ流れる夢から覚め切れず
鱗に覆われ怒りに膨れた長い胴に手を伸ばして
「冷たい…」と、青年に言ったのでした(続く)

香泉
kosen.z.hitomi@gmail.com
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