Monthly Essay オーイ! 絵と文:香泉

〜その5〜
2010年5月19日



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香泉の旅物語「ゼロの細道」

chapter-1 惑星の輝き
chapter-2 青い故郷の風
chapter-3 深海の闇より
chapter-4 親愛なる君へ
chapter-5 エヴァーラスト
chapter-6 スピリッツ


天道様、私は草木が繁茂する場所などを前にすると、一瞬足が引いてしまうことがあります。増殖、あるいはせめぎ合いとでも言うのでしょうか。小さな鉢植えでもそうした気配を感じることがあり、ときには少々薄ら寒さを覚えたりもします。
ただし実がついていると話は違ってきますから、おそらく感性とは融通が聞くものなのでしょう。

の鉢植えを買った時など、私は甘い夢と幸せを一緒に持ち帰っていたようでした。
まだ冷たい空気が残る季節でしたが、何と言ってもまっ赤な苺の実は可愛らしく、そして良く香ってもくれました。熟していたのはたった二粒です。それでも私のイメージを苺色で満たすには十分だったのです。
見ればこれから育つのだろう青い実が幾つもつき、花芽もまだまだ伸びそうでした。初夏ともなれば、おそらく植木鉢は真っ赤な苺にぐるりと囲まれているに違いなく、うまくすれば来年の今頃、私は苺の鉢植えに囲まれ、甘い収穫を楽しんでいることでしょう。
熟し過ぎた実は、ジャムやアイスクリームにしたっていいのです。

うして苺を気に掛ける日々が始まり、私は太陽に合わせて植木鉢を動かしたり、毛先の柔らかい絵筆で受粉に励んだり─と。

れど収穫は週に一粒か二粒、さして大きくもなりませんでした。形は歪なエンドウ豆といった具合で、味は甘かったり甘くなかったり。赤くならないままの実もありました。
そして気づいたことがひとつ…。花芽の伸びる方向が、いつも植木鉢の同じ側だということ。結果、苺の実がぶら下がるのも同じ片側ですから、「植木鉢が真っ赤な実にぐるりと囲まれる」という当初のイメージは、残念ながら苺の事情にはそぐわなかったようです。


さて、季節は初夏を迎え、花芽の成長は終わりかけていました。
外側の葉っぱは草臥れた様子でペタリと広がり、元気が良いのは、何やら根元から伸びている紐状のものだけでした。
この紐、以前から伸びてはいましたが、いつの間にかその数を増やし、ゆらりゆらりと宙を漂うようになっていました。
ときに風になびいては虫を乗せ、それがまた捜し物をしている触手のようでもあり、得たいの知れない生き物が住み着きつつあるようでもあり、いずれにしろあまり良い気持ちはしませんでした。

「侵略者」…と言ったら妄想が過ぎるでしょうか?

の触手、先端を植木鉢から覗く土の上に置いてみれば、正体は明らかでした。数日で着床部に突起が現れ、これが根として張る頃には、先が膨らみ青葉がみるみる伸びてきたのですから。
お天道様、苺はこうして増えるのですか!…全く増殖の気配など自分の部屋で感じたいものではありません。
ただ、甘い実がつくなら種の役割もあるかもしれず、異郷での生き残りを考えれば、動物達のお腹を借りる必要もあるのかしらと、まじまじと苺を眺めた次第です。

みに、幾つもの触手を一つの鉢に根付かせてみましたが、やはり伸びてきたのは小ぶりで枯れ易い葉っぱばかりでした。
どうやらジャムやアイスクリームの為には、もちろん苺の触手が生き続ける為にも、この部屋を畑にするくらい沢山の土が必要だったようです。とは言えここは私の住まいですし、苺には遠慮してもらうとしましょう。

◆一粒の 甘い夢です 吊り鉢に 揺れる苺が 赤い環描く


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