Monthly Essay オーイ! 絵と文:香泉

〜その2〜
2009年12月10日



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香泉の旅物語「ゼロの細道」

chapter-1 惑星の輝き
chapter-2 青い故郷の風
chapter-3 深海の闇より
chapter-4 親愛なる君へ
chapter-5 エヴァーラスト
chapter-6 スピリッツ


天道様、これを見て下さい。大きな栗が3つも顔を出して、元気な毬栗ではありませんか? もとはと言えば花屋のディスプレイに使われていた物でしたが、一つ分けてもらえるようお願いしたら、店主はチクチクする刺を持て余しながらも、クラフト紙で包んでくれたのです。ただ、刺のお陰か包みは思いがけない大きさでした。両の手のひらを広げてもゆうに上回る紙包みです。こんな物がたった1個の毬栗の為だけだなんて、誰が考えたでしょう?

うして、紙包みを自転車の前カゴに乗せて走ったあの日、日差しの眩しさや枯れ草混じりの地面の匂いも柔らかさも、全てが清々しい秋でした。自転車をいつものように止めて階段を駆け上がり、家の鍵をカチャカチャと回す急いた気持ちに、座る間もなく包みをガサガサと開くワクワク感に、どれもこれもがこの毬栗との出会いから始まっていました。しかも包みの中からは生き物の気配さえ感じられ、様子を窺うような真ん丸い眼を見出したのも、自然な発見だったと言えるでしょう。事実、私の手は小動物を乗せているように温かだったのですから。

ころでお天道様、「生き物」から「物」に変わるとき、その境目では一体何が変わるのしょうか?

はあれからひと月ほど経った頃、久々に手に取った紙包みは妙に軽く、振ればガサガサした摩擦音に混じりカラカラ音まで聞こえてきました。皺だらけの包みを開けてみると毬栗はすっかり色褪せてしまい、あんなにきっちり収まっていた栗もこぼれかけていました。毬の殻は当初よりも随分と小さくなっていたのに、それでもまだこぼれるだけの緩みがあったのです。小動物の眼などもうどこにも見出せなくなっていました。殻の中からは、干からびたウジ虫一匹と少しばかりの砂粒が出てはきましたが…。

天道様、毬栗もウジ虫のように死んでしまったのでしょうか?
ええ、もちろんこうした変化は「乾燥」と呼ぶべきなのかもしれません。でも花屋から持ち帰ったあのとき、毬から顔を出した栗は確かに「生き物」でした。清々しい秋の空気や土の匂いを発していたのです。私に生き生きとした秋をもたらしてくれたことを考えれば、この栗はやはり「生きていた」のだと思います。何よりも私自身が生きているからこそ。

◆丸い眼を 覗かせていた栗三つ イガよりこぼれ 物になりけり


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