Monthly Essay オーイ! 絵と文:香泉

〜その19〜
2014年8月27日



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香泉の旅物語「ゼロの細道」

chapter-1 惑星の輝き
chapter-2 青い故郷の風
chapter-3 深海の闇より
chapter-4 親愛なる君へ
chapter-5 エヴァーラスト
chapter-6 スピリッツ


天道様、今年はよく雨が降りました―いえ、この夏の雨ではなく、梅雨明け直後の話しなのですが。
災厄の絶えない地上ではあるけれど、平和な私の独り言もまた、あなた様の耳に届いているでしょうか?
その時はどうか季節を巻き戻しつつ、小耳の端で聞いてもらえたらなと思います。

う、今年はよく雨が降りました。
そのせいか植物の伸びも良く、うちの周りは緑の園…ええ、つまりは草ぼうぼう。
今日のような雨上がりの朝は、水気をたっぷりと含んだ雑草達が実に伸び伸びと輝いています。
空からもたらさられる雨には何か特別なエッセンスが、例えば「天の気」とでもいうようなものが含まれているのでしょうか。
普段なら鬱陶しいヨウシュヤマゴボウでさえ、今朝はきらきらしています。

の大きなヨウシュヤマゴボウ、隙間さえあればあっという間に育ってしまうお馴染みの雑草なのです。
破格の伸びの良さでフェンスに寄りかかっていたりすると、私の背丈ほどになっていることさえあります。
現に今私が目の前にしているものも、草と呼ぶにはいささか育ち過ぎではないでしょうか。
大きな若葉の重なりはもちろんのこと、硬い実をつけた房までもが、十分に下から仰ぎ見ていられるのですから…、こうして眺めていると本当に綺麗です。

だお天道様、こんなに綺麗でも毒があるのだそうです。
その名の通りごぼうに似た根を持っているらしいのですが、食用のゴボウとは別物。
農家にとっては文字通り雑草でしかないようです。
友人などは子供の頃、よく仲間とつるんでは「ゴボウ採り」と称し、この長い根を引っこ抜いて遊んでいたそうです。
大人達からすれば、子供らが食べたりしないか気になって仕方なかったかもしれません。
ただなにぶん巨大な草ですし、子供達にしてみれば、なかなか手ごたえのある遊びだったのではないでしょうか。

友人の記憶にあるこの草は、私がこうして仰ぎ見ているものとは、少々趣が異なっていたようです。
道端にのたくったように生えていたらしく、砂や埃を被っているのが普通で、決して綺麗ではなかったそうです。

天道様、どうか想像してみてください。
腰を折り、枝分かれした茎を手繰っていた子供達を。
きっとこの子達の手足を見れば、擦り傷や切り傷の一つや二つ、いつだってかさぶたを作っていたことでしょう。
根本を見つけ、「これだ、これだ」と皆で寄ってたかって言い合っていたりもすれば、通りかかった大人達は声を掛けずにはいられなかったかもしれません ― 「そりゃぁ食べられないんだ」と。
そうしてゴボウもどきがあらわになった暁には、大仕事を成し遂げた満足感を、皆で大いに味わっていたことでしょう。

まさに雑草の輝きでしょうか―

天道様、私達人間だってたぶん雑草と同じなのかもしれません。
草達と等しく、私達にもちゃんと「天の気」がもたらされているはずなのです。
なぜだか心地良い感じ、あれがそうでしょうか。
生まれ変わったように綺麗な感じのすることが、ええ、不思議とあるのです…人間にも。

◆天の気に 明けたる緑の 園に立つ 伸びする草よ お日様透かし
 

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