Monthly Essay オーイ! 絵と文:香泉

〜その15〜
2013年3月27日



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香泉の旅物語「ゼロの細道」

chapter-1 惑星の輝き
chapter-2 青い故郷の風
chapter-3 深海の闇より
chapter-4 親愛なる君へ
chapter-5 エヴァーラスト
chapter-6 スピリッツ


天道様、地上は春を迎え、太陽の光もすっかり暖かな色に変わりました。
いつも気持ちの良い陽気なら最高ですが、大気の動きは性急さを楽しんでいるかのごとく。
いきなり初夏のような陽気になったかと思えば塵の嵐が吹きまくり、空が暗くなったかと思えば土砂降りの雨が降る。
南風が吹き荒れれば北風も吹き荒れ、あげく私の部屋には、細かな砂のベールが出来上がってしまうのです。

梅の香を楽しんでいたのはついこの間のことでしたが、花達はみごと風に吹き飛ばされてしまいました。
そう、その梅の木も満開の時には、メジロが纏わりつくように花から花へ飛び跳ねていたのです。
蜜を吸っていたのでしょうが、その気配ときたら、梅の香に囲まれ思わずメジロも「ウハウハ」…まさにこんな感じ。


天道様、地上に住まう私達生き物にとって、春はやっぱり嬉しい季節なのです。
それに目覚めの季節でもありますから、なんだかんだと気配が賑わってくるのも当然なのかもしれません。

公園で梅の花をスケッチしていたときも、私の周りには、いえ、満開の梅の木を取り巻くように様々なものがやって来ました。
頭上の小鳥たちはもちろん、足元にすり寄ってくる猫に二人の世界を楽しむカップル達。
興味のおもむくまま、よたよたとやって来る小さな子供がいれば、遅れて現れるのはお母さんや兄弟姉妹達。
ウォーキング途中のお年寄りも花を眺めて一休みです。
野球のボールやサッカーボールが転がってくることもあれば、フリスビーが犬を引き連れて飛んできたりもするのです。

ええ、うるさいということはありません。
穏やかな春の賑わいですし、皆スケッチをしている私のことは、案外そっとしておいてくれます。
公園のどこかから聞こえてくるのは、乾いた太鼓の音や練習中と思しきトロンボーンの音。
春の風もまた、気ままなリズムと共に梅の木をひと巡りです。
おまけにすぐ後ろのベンチでは、ウクレレを爪弾き熱唱している人までいたりして。
懐かしい歌ばかりでしたがさすがにこれは少々耳触り…まあ、それはそれとして、皆、思い思いに過ごす春の公園でした。


うそう、お天道様、スケッチをしているとき、長い竿を持ったお爺さんもやって来たのです。
たぶん物干し竿だったと思うのですが、その先には白い綿が巻きつけてありました。

「すぐ終わるからね」
お爺さんは私に一声掛けるが早いか竿を上にかざし、巻き付けらた綿を梅の花にポンポンと当て始めていました。
受粉をしに来た公園管理人かと思い眺めていると、
「いやぁ、うちの庭にも同じ梅の木があってね、でも実を結ばせる為には花粉が必要になっちゃってな…」
作業を続けたまま口をへの字に結ぶおじいさんです。

なんでも以前、近所にはこの種の梅の木が普通にあったのだそうです。
ところが年々数が減ってきてしまい、実を結ばせるためには自然まかせにしていられなくなったそうです。
つまり花粉を貰いに来たというわけです。
品種の流行すたりもあるのでしょうが、宅地化やマンション建設などで、木を植える土地そのものが減ってもいるのでしょう。
でも庭のある家は決して少なくない環境ですから、ひょっとすると減ってしまったのは、果樹を育てる心のゆとりのほうかもしれません。
口をへの字に結んだお爺さんの気持ちもわかる気がします。

「梅の実、やっぱり花と同じに沢山成るのですか?」
そんな私の問いかけに、上を向いたままのお爺さんは、
「一本だけだからそう沢山てわけにはなぁ…」
と言いつつ竿をおろして花粉の付き具合を確かめています。
そうして「こんなもんかな」というふうに頷き、
「それでもジャムが作れるくらいは十分に、いや、家内が作るんだが、あれは美味いもんだねぇ」
すっかり愛想をくずし、血色も良くなっているお爺さんです。
長い竿を持ち上げての花粉採りは、ちょっとした運動になっているのかもしれません。

お爺さんは折角採った花粉が飛ばされないよう、綿の付いた竿の先に紙袋を被せたり、ブルゾンのジッパーをしっかり閉め直したりと、今度は休む間もなく帰り支度です。
最後に忘れ物は無いかとポケットを確かめたお爺さん、
「邪魔してすまなかったね」
と来た時と同じに竿を持ち上げ、帰って行きました。

忙しなく行ってしまったお爺さんでしたが、夕暮れを感じ始める時刻、公園広場の賑わいが急に減ったのも事実でした。
トロンボーンは既に聞こえなくなっていましたし、太鼓のほうも途切れがち。
風も冷たくなり、一斉に飛び立つ鳥の群れも目につき始めていました。
後ろのシンガーソングライター氏だけは、歌にもウクレレにも益々熱が入っていたようでしたが…。


天道様、楽しい春はひとたびやって来てしまうと、もったいないくらい過ぎてゆくのが早いです。
これから次々に咲くだろう花への期待をどんどん追い越し、季節はあれよあれよと変わってしまいます。
全く春はせっかちです。

ああ、そういえば広場を突っ切って往くお爺さんは、思いほか健脚のようでした。
紙袋で膨らんだ竿の先を高く掲げ、飄々と歩く姿が、ええ、少しガニマタ気味で、そんな後ろ姿がどんどん小さくなりましたから。
誇り高き老兵のようでもあり、ユニークでもあり…きっと、春同様、お爺さんもせっかちな人だったのかもしれません。

◆花の香に 春が来たのと ささやかれ 日向にいづる 誰彼となく

 

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