Monthly Essay オーイ! 絵と文:香泉

〜その14〜
2012年12月19日



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香泉の旅物語「ゼロの細道」

chapter-1 惑星の輝き
chapter-2 青い故郷の風
chapter-3 深海の闇より
chapter-4 親愛なる君へ
chapter-5 エヴァーラスト
chapter-6 スピリッツ


天道様、季節はすっかり冬です。
早々に冷たい空気に占領されてしまった今年、私は秋という季節を拾い忘れてしまいました。
ただ木枯らしに吹かれた朝、思いがけない季節の名残に立ち止まりはしたのですが…いえ、「美味しい匂いに足を止めた」と言うべきかもしれません。


の朝は、風に散らされた枯葉が空を滑空し、イチョウの木の下でも、黄色い葉っぱと実がカラコロ賑やかに落ちていました。
黄金色が揺れる樹上と、落ち葉が積もり始めている幹の周りと、まるで天も地もイチョウの世界です。

間もなくして風は止み、気が付けば、炒りたての銀杏のような香ばしい匂いに包まれていました。
懐かしくてなんとなく幸せで、これがイチョウそのものの匂いなのでしょうか―。


の向こう側で銀杏拾いをしている女性がいます。
身体を伸ばす暇も惜しいのか、先ほどからずっと腰を曲げたまま、せっせと銀杏を拾っては脇のビニール袋に入れていきます。
黄金色の景色の中にあって、腰を屈め、片手を地面に伸ばした女性のシルエットがくっきりと縁どられています。
季節も拾っているものも違いますが、その光景はまさにミレーの「落ち穂拾い」でした。

たぶん目の前の女性は農婦でもなければ貧しくもなく、少なくとも明日の食べ物に困ったりはしていないでしょう。
どちらかと言えば、豊かな生活を送っている人かもしれません。
けれど地面に向き合う姿はやっぱり素朴なのです。


ちろん「落ち穂拾い」の中の農婦達にとって、落ちている麦の穂は命の糧だったはずです。
ささやかな恵の分け前ですが、それでも貧しい農婦達もまた、麦の刈り入れ後の匂いに包まれていたことでしょう。
ひょっとすると麦畑には、パンを焼いているときのような、香ばしい匂いが立ち込めていたのかもしれません。

それにしてもお天道様、匂いというのは不思議なものです。
希望や意欲を俄然引き出させてくれる反面、どうしようもない不快感をも呼ぶのですから。


ころであのイチョウの世界に立ち込めていた匂いですが、今でも首を傾げてしまいます。
果肉が潰れたときの強烈な垢臭さとは違っていましたし、しかも確かに炒りたての美味しい銀杏の匂いだったのですから。

実はイチョウの世界に足を止めたとき、「綺麗だなぁ」と思いながらも浮上した言葉は、ええ、なぜだか「美味しい」でした。
文字通り美しいと味がひとつに感じられただけかもしれません。
ただ名残とは言えそこは秋の感性。
やっぱり食欲に支配されるのは「自然」ということでしょうか―。

◆木枯らしに 葉が落ちる散る 実も落ちる イチョウの世界が 降りし朝には
 

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