「ほら、富士山があんなにきれいよ、あなた」
「ほんとだ、まるでわしたち二人だけの初めての海外旅行を、見送ってくれているようだね」
「なんだか、いまから胸がドキドキしますわ、わたし」
「大丈夫、心配しなさんな。わしがついてるよ。これでも、テレビの英会話番組でしっかり勉強してきたんだ、おまえに隠れてな」
「あらそうでしたか。でも、行く先はフランスとイタリアよ」




「オオ、ボンジュール、チャオ・・・。なんて素敵な街並みなんだろうね」
「歩く人や走る車も、みーんなお洒落。まるで映画の中の世界だわ。二人で若い頃に観た、洋画のシーンを思い出しますねえ」
「うん、あの頃は食べて行くだけで精一杯だった。将来、二人でこうして観光旅行に来れるなんて、思いもしなかったな」
「あなたや子供たちのお陰です」
「その、喜ぶ顔が見たかったんだよ」




「世界ってほんとに広いんですねえ、あなた」
「ああ、まだまだ行ってみたい国が、たくさんあるぞ。これまで働きづめの二人三脚だったけど、これからはうんと若返って、残された人生を楽しもうじゃないか」
「ヨーロッパの次は、アジア、アメリカ、アフリカに、オーストラリアもあるわ」
「わしもせっせと、テレビで外国語の会話を勉強しなけりゃな」
「でも、あなたが使ったのは、ほとんど日本語とジェスチャーだけでしたよ」